残りの公演の感想も他のキャストの感想もまだですが、ある方の感想を読んで鱗が2、3枚どころか全部剥げてこのまま刺身になれそうなぐらい(食いたくないし見たくないし)、自分の中でストンときたので書いてみます。
実は初演と再演ではアテルイの存在の仕方が違うように思ってたんです。透明感やこの世ならぬ雰囲気が増したとか、妖精から妖怪になったとかではなく、何かが違う。その何かがわからなくって考えてたんですけど、ある方が最後の高麿とアテルイの戦いのシーンに触れて、あそこは「謎の若者」として高麿と共に戦い死んでいったと書いてらして(ちょっと違うかも?)「…ああっ!」ってなりました。
初演を思い返してみると、アテルイにはどこか神格化されたイメージがあったし、演出もそんな感じに思えました。それが再演のアテルイはただの「人間(若者)」であり、高麿や蝦夷たちのように一生懸命もがいて抗っていたんじゃないかな?って。何に対して?って問いには「運命とか宿命とか」と、陳腐な言葉でしか私は表現出来ませんが。
一幕ラストのシーン、初演では「新しい世界」を歌っている高麿のそばを離れてから台の上で立ち止まって、アテルイが振り返ると同時に岩が左右からせり出してその姿を一瞬隠してしまう。と、そこにはもうアテルイの姿はないって演出でしたが、これは考えようによっては高麿の言葉を聞いて「こいつならやってくれる。」と信じたアテルイが自ら姿を隠したとも思えます。
再演では歌う高麿の背中に手を伸ばし、そして何かに引っ張られるかのように後ろに倒れ込みながら走り去って行きますが、この時の表情に気付いたのが前楽でした(遅)。唯一の希望である高麿に縋り付くかのように今にも泣き出しそうな子供みたいな、でも、とても眩しいものを見ているかのような表情をしているのを見て、「やっと見つけたんだ…架け橋を…」って思ったんですよね。う〜ん…上手く言い表せないんですけど…初演はアテルイが高麿を選んだで、再演はアテルイが高麿を見つけたとでも言いましょうか…この微妙なニュアンスの違い、AKUROファンの皆様になら解ってもらえると私は信じた(byイサシコ)。
「阿修羅のように」でアテルイは自分の正体を明かしてから高麿の前には一切現れません。でも初演の時、私には常に高麿の後ろにアテルイが存在し、見守っていたように感じられたんです。それが再演では同じ様に存在は感じられるんですけど、アテルイの立ち居地が高麿の後ろではなくて横に思えました。後ろから見守るのではなく、「火怨」の阿弖流為と母礼のように共に戦っていたんだと。ああ、そっか、だから今回は映像ではなくて生身なんだな〜って言うのもある方の感想を読んで気付いたことです(余談ですが、もしも初演も映像ではなくて生身でだったら、一体どんな感想になってたのかな?)。
共にある「人間」だからヒトカが殺された時に感情が爆発してしまう(2回目の「全て消し去り!」と「人は!誰でも皆」は初演の時あんな叫んでなかった)し、「自分の目と自分の耳と心で感じたものを信じろ…なっ?」が初演のどこか諭すような口調(割と静かな口調でしたよね?)ではなくて懇願するような感じになったのかな?
なんか書いてる間に訳がわかんなくなってきました。自分の語彙が乏しいのが悔しいです。きっとこれを読んで「それは違うやろ!」と思われる方もいらっしゃると思うし、当のご本人がどう思って演じていらしたのかはわかりません。でも、私にはこう感じられたし、私の中の(再演)アテルイは「尊いもの」ではなく、蝦夷や大和と同じ「人間」だったんだなっていうのがわかりました。
これに気付けて心が落ち着きました。ありがとうございますKさん。と言うか、その前に気付いてもよさそうなものなのにね(^^;
川本ヤイラとまるで本物の猿のようだった斉藤さん演じる蝦夷の若者(マンマイというらしい)はやっぱり血の繋がった弟分だったんですね!(Yさん当たりでしたね〜)「阿修羅のように」の冒頭でヤイラの腕にしがみ付いていたり、最後の戦いに向かう前にヤイラと抱擁していた姿を見て何かあるのかな?とは思いましたが、そういう設定ですか〜単純に兄弟ではない辺りにまた色々考えてしまいますが…。
うあ〜蝦夷ボケツッコミカルテットかっこええ〜…どこかに青い長髪毛皮はいませんかねえ?
2008⁄12⁄15 01:42 カテゴリー:ミュージカル雑感 comment(6) trackback(0)
実は初演と再演ではアテルイの存在の仕方が違うように思ってたんです。透明感やこの世ならぬ雰囲気が増したとか、妖精から妖怪になったとかではなく、何かが違う。その何かがわからなくって考えてたんですけど、ある方が最後の高麿とアテルイの戦いのシーンに触れて、あそこは「謎の若者」として高麿と共に戦い死んでいったと書いてらして(ちょっと違うかも?)「…ああっ!」ってなりました。
初演を思い返してみると、アテルイにはどこか神格化されたイメージがあったし、演出もそんな感じに思えました。それが再演のアテルイはただの「人間(若者)」であり、高麿や蝦夷たちのように一生懸命もがいて抗っていたんじゃないかな?って。何に対して?って問いには「運命とか宿命とか」と、陳腐な言葉でしか私は表現出来ませんが。
一幕ラストのシーン、初演では「新しい世界」を歌っている高麿のそばを離れてから台の上で立ち止まって、アテルイが振り返ると同時に岩が左右からせり出してその姿を一瞬隠してしまう。と、そこにはもうアテルイの姿はないって演出でしたが、これは考えようによっては高麿の言葉を聞いて「こいつならやってくれる。」と信じたアテルイが自ら姿を隠したとも思えます。
再演では歌う高麿の背中に手を伸ばし、そして何かに引っ張られるかのように後ろに倒れ込みながら走り去って行きますが、この時の表情に気付いたのが前楽でした(遅)。唯一の希望である高麿に縋り付くかのように今にも泣き出しそうな子供みたいな、でも、とても眩しいものを見ているかのような表情をしているのを見て、「やっと見つけたんだ…架け橋を…」って思ったんですよね。う〜ん…上手く言い表せないんですけど…初演はアテルイが高麿を選んだで、再演はアテルイが高麿を見つけたとでも言いましょうか…この微妙なニュアンスの違い、AKUROファンの皆様になら解ってもらえると私は信じた(byイサシコ)。
「阿修羅のように」でアテルイは自分の正体を明かしてから高麿の前には一切現れません。でも初演の時、私には常に高麿の後ろにアテルイが存在し、見守っていたように感じられたんです。それが再演では同じ様に存在は感じられるんですけど、アテルイの立ち居地が高麿の後ろではなくて横に思えました。後ろから見守るのではなく、「火怨」の阿弖流為と母礼のように共に戦っていたんだと。ああ、そっか、だから今回は映像ではなくて生身なんだな〜って言うのもある方の感想を読んで気付いたことです(余談ですが、もしも初演も映像ではなくて生身でだったら、一体どんな感想になってたのかな?)。
共にある「人間」だからヒトカが殺された時に感情が爆発してしまう(2回目の「全て消し去り!」と「人は!誰でも皆」は初演の時あんな叫んでなかった)し、「自分の目と自分の耳と心で感じたものを信じろ…なっ?」が初演のどこか諭すような口調(割と静かな口調でしたよね?)ではなくて懇願するような感じになったのかな?
なんか書いてる間に訳がわかんなくなってきました。自分の語彙が乏しいのが悔しいです。きっとこれを読んで「それは違うやろ!」と思われる方もいらっしゃると思うし、当のご本人がどう思って演じていらしたのかはわかりません。でも、私にはこう感じられたし、私の中の(再演)アテルイは「尊いもの」ではなく、蝦夷や大和と同じ「人間」だったんだなっていうのがわかりました。
これに気付けて心が落ち着きました。ありがとうございますKさん。と言うか、その前に気付いてもよさそうなものなのにね(^^;
川本ヤイラとまるで本物の猿のようだった斉藤さん演じる蝦夷の若者(マンマイというらしい)はやっぱり血の繋がった弟分だったんですね!(Yさん当たりでしたね〜)「阿修羅のように」の冒頭でヤイラの腕にしがみ付いていたり、最後の戦いに向かう前にヤイラと抱擁していた姿を見て何かあるのかな?とは思いましたが、そういう設定ですか〜単純に兄弟ではない辺りにまた色々考えてしまいますが…。
うあ〜蝦夷ボケツッコミカルテットかっこええ〜…どこかに青い長髪毛皮はいませんかねえ?
2008⁄12⁄15 01:42 カテゴリー:ミュージカル雑感 comment(6) trackback(0)
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初演の記憶もあまりなく、比較はできなく、それでも今回の印象をあれこれ考えていたら私もわけわからなくなりました(笑)前回のDVDがあればわかりやすいんだけど。。
新しい世界で「泣きそうな」との表情、やはりそうでしたよね?
思い出し思い出し追記する日々で、しばらく復帰できません(^^;)
(2008/12/15 20:48)
URL | うた[ 編集]
>うたさん
拙い記憶を穿り返してみると、やっぱり印象がだいぶ違うように思います。インタビューでその辺りに触れてくださると嬉しいな^^
「新しい世界」では前楽と楽しか確信は持てませんが、泣きそうな顔に見えました。あそこが一番キラキラしてるんですよね、高麿もアテルイも。
私もです。と言うか、復帰する気がないかも(^^;Jewelも楽しみですけど…。
(2008/12/15 22:36)
URL | 篠[ 編集]
私も再演の若者(アテルイ)はとても人間らしくなったと思いました。
むしろ高麿よりも人間らしく、彼に与える影響も大きくなったなぁ〜と・・。
蝦夷の若者達にも役名があったのですね(^^)
そしてやはりヤイラとアクロくん(こら!マンマイだって)は兄弟だったのですねぇ。
正確にはちょっと複雑な設定みたいですが・・・確かに色々考えてしまいます(泣)
彼らにも泣かされました〜ヤバイ、思い出してしまう。。。
(2008/12/16 00:15)
URL | ゆん[ 編集]
ああ、刺身にまで、そんな…(^^;)
ご自分の中のアテルイ像がパシッと繋がったとのこと、よかったなあと思います(^^)
一幕ラストの儚さにしても、「な?」の懇願モードにしても、(思えば前半の獣っぽさや子供っぽさにしても)再演で見せてくれたひとつひとつの顔を繋げていくと、初演とは違うけどまた違う意味で惹かれてしょうがない若者像が見えてきますよね。
一幕ラストの「新しい世界」ですが、千秋楽、二階の上手から観てたのですけど、最後に顔も体も一緒に仰向けに傾いていくところで、目に涙が光っているようにも見えました。見間違いかも知れないけど、とにかくちょっと細めた黒目が光をキラキラ反射させてて、薄く開いた口も含めてなんかもうこっちが泣き顔になるわいって感じの儚さで…あうー痛痒い語彙ですいません。
綺麗だったなあ…(こんなだから無限リピートが止まらない)。
(2008/12/16 00:29)
URL | 片帆[ 編集]
>ゆんさん
だよね〜(と、今や懐かしい人を思い出してみた)
ああ、確かにある意味では高麿以上に人間臭くて純粋にも思えるかもしれませんね。その彼から託された架け橋を繋いでくれてありがとう高麿!って感じで…すか?
只ならぬ仲に見えましたもんね、あの二人。納得!って感じでした。でも、ゆんさんに教えて頂いてなかったら、きっと気付いていなかったと思います。そしたらこんな気持ちも味わえなかったんだろうなあ…ありがとうございます!
ところで、オタケとヤイラとアラオカもやっぱ血が繋がってるのでしょうか?(笑)
(2008/12/16 01:37)
URL | 篠[ 編集]
>片帆さん
刺身じゃ気持ち悪いですよね。じゃ、煮魚で(どっちも嫌じゃ)。
もう、ホントにホントにありがとうございます!片帆さんのあの記事で気持ちいいぐらいにパズルの欠片が納まってって。すっごく幸せな気持ちです。
初演の神懸り的な若者も再演の人間な若者も色々な捉え方が出来て面白いですよね。
楽公演、私はとちり席のセンターと言うありがたい席で観させて頂いたんですが、その前の高麿の背中を見詰めながら一歩ずつ歩いていくところでも黒目が輝いていたように見えました。
そして前楽は前方席の下手端と言う大変心臓に悪い至福の席だったんですが、後ろに倒れ掛かってさっと後ろを向くところで若者の顔の周囲に雫が散ったのがはっきりと見えました。瞬間、「これかぁぁぁぁぁ!」って心の中で叫びました(^^;
本当に本当に綺麗で…(あ〜も〜だから泣くのはもう止めようよ〜)。
(2008/12/16 01:52)
URL | 篠[ 編集]
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