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2012.12.03(Mon):ミュージカル話
もう12月になっちゃったし、歌って踊って喋って全力疾走してやりとげた方も仕事納めしたことだし止めようかと思ったけれど、やっぱり書かないとすっきりしないので書いてしまう。
以下、「客家」について。相当好き勝手に暴言吐いてます。
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ぐっだらぐだら書いてきたけれど、私が「客家」という作品を好きだと言い切れないのって文空祥というキャラの存在が全てな気がする。それぐらい最後まで共感も感情移入も出来ませんでした(除:兄大好きなこと)。
お好きな方には申し訳ないけれど、脚本上そう表現したいんだろうなってことはわかるけれども、どーーーーーーしても空祥の素晴らしさが伝わってこない理解出来ない。「客家の四原則」の最後で何故空祥がリフトされるのかもわからない(あそこ、あと二人ぐらい客家の女性が混ざってて欲しかった)。なので、二幕で空祥が遷都を進言し、それを理宗様が承諾するのも納得がいかない。いくら自分が見初めた男の妹だからといって、国の未来を左右する大事を初対面の娘の一言で決めてしまっていいんだろうか?しかもその兄があんなことやらかしたせいで国に危機が迫ってるのに。
もう一点は、その大馬鹿者の兄(すみません)は国や理宗様のことを本当にお守りしたくて、その思いの強さ故に間違った道に進んでしまったんだってのがわかるけれど、兄たちの考えに反対していた妹が剣を取った理由はフビライ同様全くわからない。自分を庇って負傷してしまった兄の為に自分が代わりに立ったってのともかく、それなら兄と同じ剣を手にしてではなく、妹の、女の自分にしか出来ない方法で、自分の考えで国を守ろうと行動してたらもうちょっと共感出来たと思う。
兄の代わりに立った空祥が都に行って丙様をお守りしようと決意し、そこにルオウとチュンが加わって五人の客家が決意を固める「風の如く」のシーンは寝ていたと書いてらした方がいらっしゃいましたが、私もあのシーンはほぼ目を瞑って瞑想してました。正直に言うと、この作品で一番嫌いなシーンです。「それぞれの思いは違っても~」って台詞に「思いが違ったらあかんやろ!そこ一番大事じゃないの!?」って毎回イラついてたし、空祥が丙様を守りたいと思ったのも、天祥が理宗様や丙様を国の未来の為に守ろうとしたのに対して、丙様が幼子だから(=母性から守りたい)って部分が強調されてるように感じたのもなんかう~んって感じ。剣を持って戦う部分がなければまた違ったかもしれない。
あとこれは兵庫で観て気付いたことなんですが、一幕でシュアンがバヤンに対して復讐心を露わにするのに対して「己に宿る卑しい心が敵」だと散々諭して非難していたのに、兄が殺された(と思った)ら自分もシュアンと同じく復讐心に駆られてカジドウを殺そうとするのがものすっごくテンション下がる。あそこで空祥がカジドウに刃を向けていなければカジドウはフビライに殺されなかったんじゃないか?フビライもカジドウを殺さずに済んでいたんじゃないか?
カジドウが殺されるのはともかく(笑)、空祥の影響で、強き者が弱き者を駆逐することや戦いに明け暮れていた今までの自分に疑問を持ち、その答えを探していたフビライに、もしかしたら汚さずに済んだかもしれない手を汚させたってのがどーにも納得出来ない。結局は空祥は綺麗ごとを言っていただけで、かつて「タン・ビエットの唄」の終盤でフェイがハンティン村に行くことを決意した時の台詞を聞いた時の「はあ!?それをあんたが言うなよ!」って気持ちを思い出しました。
この作品の一番の難点は、皆さん仰ってますけど天祥と空祥の二人を出したことだと思う。天祥あるいは空祥のどちらか一人にして(もしくは空祥をアケシぐらいのポジションに持って来て兄と妹の対比を盛り込む)、そのメインと客家の人々、そしてやんごとなき方々とのお話にした方がよかったんじゃないかな。そうすれば客家との出会いで各人がどう思いどう感じたのかをもっと掘り下げられると思うし、「客家」ってタイトルにも納得が行く。今のままだったら「客家」じゃなくて「空祥」のが相応しいと思う。
こんなこと書くと、結局は妹に出番を取られて悔しい役者ファンの文句だと思われそうだけど(^^;、そりゃ出番が多いにこしたことはないけど、それよりもキャラの立ち位置とかにスッと入れる方が重要だなって今回痛感しました。天祥と謎の若者、出番の多さはたぶん同じぐらいか若者の方がちょっと少ないぐらいだと思うけど、役に対する満足度とかは全然違うもん。どちらか一方だけ見せてくれるって言われたら(誰にだよ)、迷いなく若者って答える。そりゃ「AKURO(再演)」にも首が傾く部分がない訳じゃないけれど、少なくとも高麿や若者やエミシたちがどうしたかったのかは痛いぐらいに伝わってくる。二作品の違いはそこなんだろうなあ。でも、「AKURO」みたいに初演ではイライラしたシーンがもしかしたら再演では素直に受け止められるかもしれないから、「客家」も期待はしてます。題材やキャスト、各シーンを切り取れば凄く好きなとこ多いし。

以上、個人的な見解と感想でした。あと一回、シュアンとミンと天について軽く書いて終わりたいなー
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